2016年8月、米国のサンクチュアリ教会にて開催された中高生セミナーに、スタッフとして参加したメンバーから感想文をもらいましたので、以下にご紹介いたします。

王様との出会い

 

数年前、まだ私が中高生だった頃、私は毎週韓国の天福宮で行われた亨進様の礼拝に参加し、亨進様のすぐそばでみことばを聞いていました。私にとってそれまでの真の御家庭とは、あまりに遠く手の届かない存在でした。お父様の愛に直接触れて従ってきた一世の方々とは違い、歳も離れた若い二世や三世たちならば誰しもが感じたことだと思います。なので、すぐ近くで亨進様のみことばを聞けることに大きな恵みを感じましたし、同時に自分にそんな資格があるのかと緊張もしました。

その頃の亨進様は、いつも笑顔を絶やさない方で、決して怒ったり声を荒げたりしない方でした。説教を語られる前にいつも必ず短いジョークを一つ語られ、会場の一人一人に気を配られながら、まだあまり慣れておられないであろう韓国語で一生懸命みことばを語ってくださいました。まるで全てを温かく包み込む太陽のような方だと感じました。お父様をよく知らない我々にとって、これが真の御家庭なのかとつくづく思ったものです。そんな恵み多き状況が数年間続き、次第に私は亨進様をお慕いするようになり、同時にロールモデルともなりました。常にヨナニムのことを愛され、手を握ることに至るまでどうすれば愛せるのか研究したんだと語られる亨進様を見ながら、自分もいつしかこんな家庭を築きたいと思いました。その影響で、現在既に祝福を受けた私は、手を握る方法をはじめ、愛について研究をしています。

 

それから数年が経ち、私はサンクチュアリ教会に入り、お父様の元へと戻りました。自分の信仰は自分で決めると決心し、「沈黙を破って」をはじめとする当時あった全ての亨進様のみことばを、YouTubeなどに載っていた映像を通して聞きましたが、その内容が何の抵抗もなく心に入ってきたのは、数年間亨進様の愛に触れ続けたからだと思います。

それからまたしばらくして、今回のセミナーで通訳兼スタッフを任されることになり、もう一度亨進様とお会いできる機会が与えられました。そこで私がお会いしたのは、以前と同じように全てを包み込むような温かさを持ちながらも、以前とは全く別人のように変わられた亨進様でした。その変化が顕著にあらわれるのは、亨進様が韓国語でみことばを語られるときです。私はお父様のことをはなしで聞いたり、映像で見たりするくらいでしか知りませんが、そんな私でもはっきりと、この方はお父様だと感じました。私は何度か亨進様の通訳も担当させていただきましたが、そのみことばの内容は、以前のような皆の心を和ませるようなものとは異なり、悪霊がいれば吹き飛ばしてしまいそうな激しさと迫力を帯び、その表情は時に険しく、視線はまるで心を全て見透かすような威圧感がありました。そして時には、通訳する人が苦笑しながら訳すのをためらうような表現もされました。亨進様が韓国語でみことばを語られるときは、中にお父様が共におられるのではないかと感じます。

 

ところで、私がスタッフとして今回のセミナーで経験した内容も少しお伝えしようと思います。一つは中高生のメンバーを見ながら感じたこと、そしてもう一つは、より間近に亨進様とお会いしながら私個人が学んだことです。

 

この修練会は本当にうまくいくのだろうか?それが成田空港で中高生の参加メンバーと出会った時に最初に感じたことでした。私が中学生だった時に自分の班長だった兄のことをまだよく覚えています。血の繋がった兄弟でもないのに、まるで本当の弟のように愛し接してくれた兄でした。その兄のおかげでセミナーを楽しめたし、多くを学べたと今でも思います。班長の重要性を知りながらも経験は全くない私が、今回その立場に立つことになり不安を感じました。さらに、ほとんどが親に半ば強制的に参加させられた、暗く覇気のない彼らの姿が私の不安を掻き立てました。世界中が不安定なこの時期に、この修練会で何かを見出して欲しいと祈るように送り出したであろう彼らのご父兄の方々の期待に応えられるのか、正直自信がありませんでした。そんな不安の中で修練会は始まりました。しかし、やはり彼らは祝福された2世、3世達なんだなと感じざるを得ませんでした。最初はあまり積極的ではありませんでしたが、ほんの数日間で打ち解け合い、帰る頃にはまるで今までずっと一緒に過ごしていたかのような関係を築いていましたし、いきいきとしていました。彼らの中には今まで一度たりともみことばに触れず、お父様さえよく知らない子もいましたが、亨進様と共に過ごす時間ではみことばにしっかり相対し、自ら積極的に質問したり、また亨進様からの質問に答えたりしていました。私の目からも、この修練会を通して成長した彼らの姿をはっきりと確認することができました。これからの時代を担う、立派なリーダー達に成長して欲しいと感じます。

 

今回の中高生の修練会を通して2日もの間、私達は亨進様から愛をいただきました。

私は中学高校の時期を7年間韓国で過ごし、現在はアメリカの大学に通っているために通訳としての仕事を任されましたが、実際に通訳をしたことはありませんでした。しかしこれは、想像をはるかに超えるほど自分の神経を削る大変な仕事でした。一言一句漏らさずに理解し、それを正確に日本語で訳す、しかもそれが王様のみことばであるなら尚更必死でくらいつかなければなりません。そのような状況が数日間続き、修練会が終わる二日前にとうとう体が壊れてしまいました。胃と腸が完璧に機能停止し、嘔吐と下痢にしばらく悩まされました。亨進様と共に過ごせる1日目、ヨナニムの講話や亨進様から柔術を学んだ日の夜中にそのような状態に陥り、2日目のスケジュールへの参加は絶望的でした。しかし、せっかくの恵み多き時間ですし、私は大学の都合上青年部のセミナーに参加することが出来なかったため、通訳としての立場からは外れながらも、参加者としてなんとかその日の夕方まで、亨進様と共にさせていただきました。

その日は主に散策と滝での洗礼、そして射撃体験と銃工場の見学、さらに柔術の訓練をさせていただき、私は銃工場の見学まで参加し、その後はキャンプ場で休ませていただきました。滝で亨進様から洗礼を受けられるように水着を着用して行きはしましたが、散策の途中でも嘔吐するほど体は弱っていたので、皆が列を作って順番を待っている時も、私は並ばずに皆の様子を眺めていました。そして、自分からは参加しないけれども、もし王様が直接私をお呼びになったら、その時は覚悟して洗礼を受けようと決めました。そんな私の心をまるで見透かすかのように、全ての参加者の洗礼が終わった後、亨進様は私を見てお前は来ないのかと話しかけてくださいました。ヨナニムと江利川会長がこの人は体調が優れないからと亨進様に説明してくださる中、私は湖に入りました。洗礼を受ける直前、亨進様が語られる「この体は死に…」というみことばがやけにリアルに感じられ、ここで一度死のうと覚悟しました。洗礼の後、肉体的にも復活するなんてことはありませんでしたが、霊人体が洗われたような清々しい気持ちになりました。

最終日の早朝、亨進様とヨナニムがわざわざ我々のキャンプ場まで訪ねて来られ、最後に少しみことばを語ってくださいました。その場でも通訳ではなく参加者として参加しましたが、亨進様が私に向かってお前が通訳しなさいと言われたのをきっかけに、最後も亨進様の通訳をさせていただきました。それがとても恵みに感じられましたし、数百人に及ぶ祝福参加者やセミナー参加者がいる中で、私のことを覚えていてくださっていたことがとても光栄でした。

このセミナーを通して、中高生のメンバーよりもスタッフとして参加した私の方がむしろ多くを学べたと感じることができましたし、自分の仕える王様をより近く、そしてよりはっきりと確認することができるひとときとなりました。