2017年12月3日

世界平和統一家庭連合

会長 徳野英治 殿

岩手教区 盛岡教会 所属

6000双 川原 德昭・初江

 

退会届

 

●私は、以下に述べる理由により、「世界平和統一家庭連合」を退会致します。

 

●はじめに

 

 私は東北大学CARPで、1981年に入教しました。ちょうど、徳野会長が東北大学CARPの責任者から京都大学CARPの責任者として転任した時です。当時の東北大学は、過激派(中核派)が学内を掌握しており、勝共連合の学生組織である、「共産主義研究会」を立ち上げ、命がけで勝共運動に取り組んだ事が思い出されます。徳野会長を始めとする尊敬すべき立派な指導者の導きと、クリスチャン出身の巡回師のお姉さんの霊的指導と溢れる恩恵の中で、真の御父母様のみ言を胸に刻みつける決して忘れることの出来ない教会生活でした。

 その後、摂理機関の事務局長を拝命、教区壮年部長も務め、御旨の遂行に微力ながら尽力してきました。

 ところが「家庭連合」は2013年、真の御父様の「聖和」と「基元節」を境に、全く異質な宗教組織に変貌してしまいました。私はやむなく「家庭連合」からの退会を決意しました。その理由は次の5つです。

 

●理由1:『私は、新教理「独生女論」を信仰することはできません。』

 

 「独生女論」は、今まで真の御父様が勝利的に復帰してきた教会遺産価値を、なし崩しに否定する「踏み絵」でしかありません。

 真の御父様を私が「再臨のメシア」と確信する根拠は、ユダヤ教・キリスト教の正典である「聖書」に依拠するものです。一方「独生女論」は教会内の過去の御言にその根拠を探すのみで、ユダヤ教・キリスト教の正典である「聖書」に、その裏付けは皆無です。この事実は重要です。

 真の御父様と御母様を、同格のメシアと信奉する「独生女論」の登場は、統一運動が、世界の最終的摂理宗教であるという「必然性」を奪い去りました。世界の宗教指導者は誰一人として「聖書」に根拠のない「独生女論」を、受け入れることはないでしょう。この教義の表明により、「家庭連合」は未来への扉を自ら閉じました。「家庭連合」に待ち受けるのは展望のない「絶望」のみ。私にはそう思えるのです。

 

●理由2:『私は、現在「家庭連合」で推進している、経済最優先の伝道事業に賛同できません。』

 

 唯一「婦人」のみを伝道対象者に絞り込み、展開されている、「献金」を主目的とした伝道ライン。その最優先目的は「救霊」ではなく、教会の「経済基盤」の造成である、と私の目には映ります。

 かつて徳野会長に、壮年部長会議の席上で、『救霊を目的とした、伝道対象者を選別しない、公式的な伝道ラインの立ち上げを、本部主導でお願いします』と、文書にて陳情させていただきました。

 教会は、財産や資産のある婦人は厚遇して熱心に献金依頼しますが、資産を献金し尽くすと、手のひらを返すように、冷ややかな態度で見向きもしなくなります。そのようなケースをたくさん見てきました。祝福に到れば運の良いケースで、大概は恨んで教会を去った屍(しかばね)の山。大切な人であればあるほど誰も教会に人を連れて来ようとは思いません。

 

●理由3:『聖職者が独裁者となった「家庭連合」に、神様が共にいるとは思えません。』

 

 人格的にも心情的にも立派な韓国人牧会者が沢山いることを私は知っています。ただ、現在の「家庭連合」の聖職者は、次にあげる教区長の事例に見られるように、本来の真の御父様が願った指導者像からあまりにも逸脱しております。

 

■1)教会スタッフに対する「心情蹂躙」の罪

 教区長はスタッフに、自分のために実績を上げる事を、強要します。自分は地区長のために、実績を捧げるのだと豪語します。しかし、神様のみ旨のため、日本国のため、地域社会の繁栄のため、教会員の幸せのためとは、聞いた事がありません。教区長が事務室に入室する時は、スタッフ全員直立不動を強要されます。実績報告を教区長の確認を受けずに送信しようものなら、怒号と罵声を浴びせられ、架空の捏造数字に書き換えさせられます。気に入らないスタッフは直接教区長室への入室を禁じられ、無視され挨拶すらしなくなります。

 私は、スタッフの心が凍り付いてしまった教会が、神様が共に働き、教会信徒の魂を、喜びで復活、成長させているとは、到底思えないのです。

 

■2)「叙階任命」違反

 現在私が所属している教区長は、前任教会から連れてきた年配の女性に、婦人部長に代わり、婦人組織を統轄させています。(無給と聞きましたが真偽は分かりません)。私はこの方を見ていると、朴槿恵大統領と霊能者・崔順実氏を連想してしまいます。教会で起こっている全ての動静は、全てこの方を通じ、逐次教区長に報告されているようです。

 そのため、婦人部長が本来の位置と権限が与えられず、組織がたいへん混乱しています。

 基督教でも叙階制度があり、家庭連合にも聖職者・スタッフの任命制度があるはずです。正規のルールを無視した、教区長の恣意的な教会組織統治は、許されるはずがありません。

 

■3)日本の「救国救世摂理」に対する「無知」「無理解」

 現在私が所属している教区長は、「私は安倍首相は嫌い」「日本の軍備増強は韓国にとって脅威で私は賛成できない」等々の言葉を公然と発言します。現在職務に就いているのが日本国であり、日本国の安全保障摂理を担う立場でありながら、日本の救国救世摂理に賛同できないとすれば、日本で公務を担う資格は無いと、私は思います。

 先日も、家庭連合主催の大会で、「自民党」所属議員で「来賓」が決定しているにもかかわらず、「野党」所属議員全員に案内文書配付を指示した時には、現場の渉外担当として、頭を抱えました。そもそも「渉外」が、現場での地道な「信頼関係」構築作業であると理解が無いようです。

 日本の国運を高め、日本の「救国救世摂理」推進に心から賛同できない韓国人聖職者は、自国に戻り、韓国の摂理を担った方がいいと私は考えます。近年、韓国は、ますます国運を失い、存亡の危機にあるのですから。

 

■4)任命責任を果たせない「家庭連合」本部

 本部に陳情したら、ある本部局長が「この人は韓国でも名門の血筋なので誰の言うことも聞かないし、誰も進言できない」とおっしゃっておりました。日本の家庭連合本部は、もはや、韓国人牧会者の統率能力も失ってしまったのかと、考えさせられました。

 

●理由4:『清平の「免罪符」事業から、本来の「救霊」事業に回帰して下さい!』

 

 かつて私も清平の大役事には欠かさず参加する熱心な清平役事信奉者でした。ところが金孝南氏の罷免以降、清平への大きな疑念が生じました。私は冷静に教会で何が進行しているのか見定めようとしました。

 出てきた結論は、意外にも、結局私たちは、かつてカトリック教会が「免罪符」事業により、歴史的に断罪されたのと同様、安易な「献金」と「祝福」という特権のみで、天国に入ることを切望してしまっていたという事実です。

 自らの心霊が天国人にふさわしいかどうかを基準にするのではなく、愛の実践も努力もせず、安易に天国に入らんとする「我利我利亡者」の群れ。これこそが現実の「家庭連合」の姿ではないか。私自身恥じ入るばかりです。

 伝統的に基督教では、「告解の秘蹟」を重要視してきました。自らの罪を懺悔し、自らの本心に帰り、神とキリストの聖業の完遂を、決意することです。「家庭連合」は教会組織としての「心霊指導」を、全く放棄してしまったかに見えます。(心理学的な「コーチング」で代替できるのでしょうか?)

 いつぞや婦人部長が、演壇で叫んでいた事が脳裏に浮かんできました。『皆さんの心霊問題は「清平」で解決してください。私が個別に相談に乗ることはできません!』と。

 

●理由5:『御父様が決定した後継者を無視し、追放した教会に、未来はありません。』

 

 真の御父様が、公式的に後継者に任命したのは、七男の亨進様ただお一人です。真の御父様は2008年4月18日の世界会長就任式において、亨進様、ヨナ様ご夫妻を壇上に立たせ、御孫様の信俊様の名前を挙げ三代に渡る王権相続の祝祷をしました。真の御父様は御聖和までに実に三度の使命継承の式典を挙行しておられます。この事はもはや、明白で隠しようのない事実です。

 それにもかかわらず、家庭連合本部は、御父様の願いである「亨進様への王権相続」を棚上げにし、ここ5年間、「御母様の王権確立」のため全力を傾注してきました。その一番の証左が、基元節以降に制定された「天一国憲法」です。

 「天一国憲法」は、全ての権力が、真の御父母様(実際は御母様)にあることを宣言します。驚いた事に、「天一国憲法」には、王権の相続権についての条文はおろか、直系血族への権限譲渡の条文もありません。つまり、現在の「家庭連合」には、真の御父母様の王統を相続するという発想は皆無です。

 さらに驚いた事に、御母様の「聖和」後、「天一国」の最高権力は13名の「天一国最高委員会」に委譲されます。「最高委員会」の委員長は、「真の家庭」から選出される規程ですが、委員長も13名の委員の中の一人にすぎない事を考えれば、実質的な権力は、「最高委員会」を牛耳る一部の本部指導者(この天一国憲法を制定した張本人)が掌握する事になるのです。

 「家庭連合」が目指す理想世界は、富と権力を掌握する事を目指した、「最高委員会」幹部によって支配される「独裁国家(組織)」の誕生で、「終焉」を迎えるのではないでしょうか。

 

●結論。現在の「家庭連合」には、神様がともに臨在しておらず、天運が去ってしまいました。私は、「家庭連合」を退会し、本当の神様の願いは何処にあるのかを求めていきます。 以上